大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1907号 判決 1987年4月30日

控訴人 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 後藤康男

右訴訟代理人弁護士 安藤猪平次

同 長谷川京子

被控訴人 佐田武夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 中原和之

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は原判決事実摘示のとおりであり、《証拠関係省略》は、それぞれこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実及び同2の事実中、佐田哲也(以下「哲也」という。)と佐田千代美との関係をいう点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右関係をいう点及び請求原因3の事実は弁論の全趣旨によって認められる。

二  そこで、控訴人主張の免責事由について案ずるに、控訴人の主張1の事実は当事者間に争いがなく、「犯罪行為」又は「闘争行為」によるものが免責事由とされている趣旨は、控訴人の主張3の(二)のとおりであると解される。

そして、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  甲野太郎(当時三六才。以下「甲野」という。)は、昭和五九年八月二〇日、勤務先の上司である垣内清彦(当時五〇才。以下「垣内」という。)とともに、日本海で魚釣りをするため兵庫県城崎郡香住町に赴き、午後六時過ぎ頃から数時間魚釣りをした後、当夜の投宿先に帰って就寝しようとしたが、午後一一時二〇分頃、空腹を感じたので、夜食をとるため、魚釣りに出たときのままの服装で普通乗用自動車に垣内を同乗させて飲食店を見つけるべく同町内を運転走行し、国鉄香住駅前から北方を東西に走る国道一七八号線に通じる商店街の道路を北進して午後一一時五四分頃、同町七日市三六八番地の四所在の国道一七八号線との三差路にさしかかり、同所を左折西進しようとした。

2  哲也(当時二八才)は、同日、午後七時頃から友人の西本慎一(当時三五才。以下「西本」という。)と前記三差路の西北方にある中華料理店白龍で飲食した後、同店に来合せた友人の本多美治(当時二四才。以下「本多」という。)、誘い出した、将来結婚する予定の大西香苗(当時二五才)及びその兄大西正彦(当時二八才。以下「大西」という。)との五人で、午後九時半頃、白龍の西方前記国道沿いにあるスナックふれあいに赴き、同店でビールを飲み、カラオケで歌って午後一一時半頃まで遊んだが、既に時間も遅く、他にまだ遊べる適当な店がなかったので、前記商店街の道路東側沿いにある炉ばた焼いろりで軽く飲食して帰ろうということになり、右五人が相前後して、右甲野の運転する自動車と対面する形で、前記三差路付近にさしかかった。

3  このようにして同所に歩行して来た哲也らの五人連れと甲野の運転する自動車がすれ違った際、甲野が、同車の後部付近で手拳により車体を叩かれたような音を聞き咎め、直ちに同車を哲也の横付近まで後退させて停車させるとともに、同車助手席側にいた哲也らに対して「何しよるんか」と咎めたところ、哲也が「何か文句あるのか」と応答したことから口論になった。運転席から降りた甲野に対し、同運転席付近にいた西本がやにわに背後から両手で抱きつき、そのままの状態でいるところを、哲也が同車助手席付近からかけつけて腹部を一回足蹴りし、更に、西本を振切って哲也に向かおうとする気配もあった甲野に対し、西本が哲也との間に入るような形で正面からその腰あたりに抱きついているところを、哲也と本多が、こもごも六、七回以上にわたってその顔面を殴打した。その間、大西は、自動車を降りて喧嘩を止めに行こうとする垣内の前に立ちはだかり、同人が甲野らに近づくのを妨げていた。このような攻撃を受けて恐怖心を懐くとともにいたく憤激した甲野は、哲也らから逃れるべく、たまたま着用していた魚釣り用ズボンの外ポケットに入れたままにしていた魚釣りに使用する刃渡り約一一・四センチメートルのあいくちを取出し、そのさやを払って右手に持って構え、その後更に殴りかかって来た哲也の左前胸部を一回突刺し(瞬時のことであり、哲也は、刺されるまで、あいくちには気付かなかったものと推認される。)、更に西本の腹部を突刺し、相手側がひるんで逃げ腰になったところで、垣内を促して自動車に飛び乗り、その場から逃走した。

4  その結果、哲也は、左前胸部刺切創に基づく大動脈起始部切損による大量出血及び心タンポナーゼにより、翌二一日午前〇時五分頃、急を聞いてかけつけたパトロールカーにより町立香住病院に収容されるまでの間に、死亡した。なお、西本は、入院加療一か月、通院加療一二日間を要する右季肋部刺創、腹壁穿通創、腹腔内出血の傷害を負い、甲野も、約一週間の加療を要する頭部挫傷、顔面頸部打撲の傷害を負っている。

5  右3の闘争が行われた当時、その現場付近は、商店街の街灯により薄明るい状態であったが、付近の商店は既におおむね閉っていて、田舎のこと故、通行する人車も途絶え、双方の関係者七名のほかには、付近に人影はなかった。

右認定の事実によると、哲也は自ら率先して甲野に対し足蹴殴打等の暴力を振っていたのであるから、これに対する甲野の反撃に基づく哲也の受傷死亡が哲也の闘争行為によって生じたものであることは、明らかである。

ところで、被控訴人らは、甲野の行為は哲也のそれに比べてはるかに違法性、反社会性の強いものであり、哲也の到底予測し得ないものであったから、これによって哲也の受けた傷害及びこれによる死亡が哲也の闘争行為によって生じたものであるということはできない、と主張する。

しかし、闘争行為は、本来、相互の攻撃手段が次第に強力化、拡大化して行く傾向を有するものであるから、闘争者にとっては、自己の攻撃に対して相手方からより強力な反撃が加えられることは当然予測されるところであり、ことがらの性質上、それは、その方法・程度において余程隔絶した差があるものでないかぎり、より違法性、反社会性が強いものであっても、闘争者の本来予測すべき範囲内のものであるというべく、個別具体的の場合に、たまたま相手方からの反撃の具体的手段が闘争者の気付かないものであったとしても、それが、自己の攻撃手段を上回る強力なものであり、違法性、反社会性のより強いものであることの一事をもって、闘争者の予測し得ないものであったということはできない。そして、さきの認定にあらわれた、哲也らと甲野との闘争の行われた時間・場所、彼我の人数の差、哲也側の用いた闘争行為の方法・程度等に照らせば、甲野が兇器を用いて反撃に及ぶこともまた、哲也の予測すべき範囲内のものであったとみるのが相当であるから、右被控訴人らの主張は採用することができない。

三  そうすると、控訴人にはその主張の免責事由があるから、控訴人は本件につき保険金支払義務を負わないものというべく、被控訴人らの本訴請求は理由がないものとして棄却すべきものである。よって、これを認容した原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 富澤達 裁判官下司正明は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 中川臣朗)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例